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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1949号 判決 1979年5月24日

原告

篠原清

原告

篠原チヨ子

右原告両名訴訟代理人

守川幸男

外一二名

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人

大川實

外六名

主文

一  被告は原告らに対し、各金五五七万二九二五円及びこれに対する昭和五〇年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金一六五〇万円及びこれに対する昭和四六年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和四六年九月二四日、訴外亡篠原清一郎(昭和三九年九月四日生れ、当時小学校一年生、以下亡清一郎という。)は他の児童とともに、東京都北区赤羽二丁目一〇番一八号先の被告の設置管理にかかる鉄道軌道用地内に立入り、草むらでバツタ取りに興じていたが、同日午後二時五三分ころ、逃げるバツタを追いかけて同所軌道付近に至つたところ、折から走行してきた赤羽駅発洋光台行き京浜東北線南行電車(列車番号一四一一C電車)に頭部を激突されて頭蓋骨複雑骨折の傷害を負い、同月二五日午前四時二〇分ころ赤羽中央病院で死亡した。

2  責任

右事故は、被告が事故現場附近の公道と右軌道用地との境界に設けた防護柵の有刺鉄線が腐蝕切断されたまま放置されていたため発生したもので、被告は国家賠償法二条、民法七〇九条により右事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。すなわち、

(一) 高速度で走行する電車、列車は巨大な破壊力を有し、ひとたび人間に接触すれば致命的な損傷を与えるものであり、制動距離もきわめて長く、平地の場合でも一五〇ないし一六〇メートルで、それが下り勾配の場合には更に延びるうえ、自動車と異なり、決められた軌道上を走行するため進路を変更することは不可能で、そのため自動車に比して事故を回避できる可能性は低く、したがつて、その保安設備もそれだけ高度なものが要求される。

(二) ところで本件事故現場付近の鉄道用地は、国電東十条駅と赤羽駅間に存し、人通りの多い二車線程度の公道と並行していて、同用地内には被告設置にかかる京浜東北線の上下専用軌道をはじめ、東北本線、高崎線及び貨物線等合計八本の軌道が並行しており、右各線の電車、列車の走行本数は事故当時一日あたり合計一三二八本であつた。そして亡清一郎のはねられた京浜東北線南行電車の走行軌道(以下本件軌道という。)は右鉄道用地の東端の築堤上にあるが、本件現場付近では東十条駅に向つて一〇〇〇分の二五の下り勾配となつているうえ、赤羽駅方面から東十条駅方面へ向つて右方にカーブしており、しかも本件軌道の左側の道路との境界に設置された後記柵との間に所在する五ないし八メートル幅の帯状の鉄道用地には雑草等が繁つているうえ、鉄塔が存するため電車運転士からは右帯状の鉄道用地の見通しは悪く、同鉄道用地内に立ち入つた者も本件軌道が前記のような下り勾配で、電車が動力モーターを回転せずに惰行運転で走行するためモーター音が発生せず、付近の工場及び通行自動車の騒音の影響もあつて、電車の接近が気づきにくい状況にあつた。そして、本件鉄道用地は並行する前記公道を狭んでその東側には一般住宅、旅館、町工場が密集しており、しかも本件軌道と公道との間の前記鉄道用地にはトラフや鉄塔等の鉄道設備があるうえ、前記のように本件軌道が公道よりも高い築堤上にあるため、かえつて電車の接近、通過に伴う危険を明確に認識することを困難にし、付近に児童、幼児らの遊び場所がほとんどないこともあつて児童、幼児らが本件軌道へ接近し、電車等に接触する蓋然性が高い状況にあつた。

右のような本件事故現場の周辺及び本件軌道とその隣接する公道等の状況等からすると、被告は本件鉄道用地の管理者としての付近住民、とりわけ児童、幼児が本件鉄道用地内に立ち入ることのないような防護柵を設置し、これを完全な状態に維持管理すべきであつた。

(三) しかして、本件鉄道用地と公道との境界には約五〇センチメートル間隔で古枕木が建植され、右枕木に有刺鉄線を五段に張つた防護柵が設置されていたが、同防護柵には数カ所にわたつて有刺鉄線が腐蝕消失している個所があり、付近の住民は右破損個所から右鉄道用地内に立ち入り、その一部に野菜等を栽培していたほか、付近の児童、幼児らも昆虫等を求めて同用地内にしばしば立ち入つていた。

そして亡清一郎は右のように腐蝕して有刺鉄線の無くなつたまま放置されていた別紙図面A―A'間の部分から本件鉄道用地内に立ち入り、バツタを追いながら本件軌道付近に至つたために本件事故が発生したものであり、本件事故は右のように防護柵の管理に瑕疵があつたにもかかわらず被告において右瑕疵を見逃したために発生したものである。

(四) そして、被告は行政法上の公共団体として公法上の財団法人であるから、主位的には国家賠償法二条により、予備的には民法七〇九条により後記損害を賠償すべき義務がある。

なお、被告は、その設立の経過、被監督関係、権限等からして、行政法学上国の下に国によりその存立の目的を与えられた公法人としての公共団体であつて、公法上の財団法人たる営造物法人であることが明らかであるから、国家賠償法二条の「公共団体」に該当するというべきで、国家賠償法の特殊性等からして、被告に対し国家賠償法二条の適用があるものと解すべきである。

3  損害<省略>

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、亡清一郎らが本件鉄道用地内でバツタ取りに興じ、バツタを追つて本件軌道付近に至つたことは知らない。その余の事実は認める。但し、本件電車は大宮発桜木町行であつた。

2  同2、(一)の主張は争う。

3  同2、(二)の事実中、本件鉄道用地が国電東十条駅と赤羽駅間に存し、公道と並行していて、同用地内に被告設置にかかる京浜東北線の上下専用軌道をはじめ赤羽線の軌道も含め八本の軌道が並存しており、右各線の事故当時の一日の列車、電車走行本数が原告ら主張のとおりであること、本件軌道が本件鉄道用地の東端の築堤上にあつて、赤羽方面から東十条方面に向つて原告ら主張のような下り勾配となつていること、本件軌道と前記公道との間にほぼ原告ら主張のとおりの幅の鉄道用地が存することは認めるがその余は争う。右公道は幅員5.6メートルの人車の通行の少ない区道で、その東側は準工業地帯であつて、同所には会社や工場が立ち並んでおり、公道と鉄道用地との間には後記のとおり有刺鉄線柵が設けられ、同柵には野草がからみつき、柵内にはゴミが棄てられて臭気を発していたうえ、仮に柵内に立入つたとしても、五ないし八メートルで一〇〇分の五九の傾斜をもつ高さ2.185メートルの築堤があり、トラフ上も雑草がかぶさつていて簡単に歩けるような状況ではなく、およそ原告らの主張するような児童、幼児の遊び場となる場所ではなかつた。また、亡清一郎及び原告らは現場から約一八〇メートル離れた都営アパートに居住していたが、同アパート内には児童公園が、またその近くには北運動公園、神谷公園、稲田小学校等があつて、児童、幼児らの遊び場も多かつた。右のような状況からして、児童、幼児が右柵内に立入り、本件軌道敷に接近する蓋然性は全くなかつた。

4  同2、(三)のうち、亡清一郎が本件鉄道用地内に立入つたのが原告ら主張のA―A'の地点からであることは認めるが、その余は争う。柵は三五ないし四〇センチメートル間隔で設けられており、また、右A―A'地点にはかつて建設されていた建物のコンクリート基礎があつたため、同部分には横に五条の有刺鉄線を施したうえ、さらに十文字に有刺鉄線を張つてあつたもので、かつ本件現場付近の柵については、被告の東京北鉄道管理局上野保線区赤羽支区が保守管理にあたり、具体的には三日に一度担当者が巡回していた外、同支区長及び助役が随時巡回して右柵を含めて異常の有無を点検し、有刺鉄線が切断されているような場合には、その都度補修しており、本件事故当時右柵には全く異常がなく、これまでにも児童、幼児が柵内に立入つたことはなかつた。

5  同2、(四)の主張は争う。原告らは、本件鉄道用地内への立入りを物理的に阻止する完全な柵でない以上瑕疵があると主張するもののようであるが、本件鉄道用地のような場合、立入禁止の物理的措置は、人の公徳心、社会常識に期待して、人に対して心理的、抑制的機能をもつ程度の設備であれば足りるのであつて、前記のような付近の地形、環境、有刺鉄線柵の設置状況からして、右柵はその機能を十分に有しており、柵の設置又は保存(管理)に瑕疵があつたとは到底いえず、本件事故は後記のとおり被害者の一方的重過失によつて発生したものである。

また被告の経営する鉄道事業は、運送営業という私経済作用であつて、それは公益的目的のみではなく、営利的要素ももつており、私経済人の経営する事業とその性質において格別区別する必要はなく、その責任についても一般私法に対する特例を認めるだけの合理的理由がなく、そのほか従来の裁判例、国家賠償法の立法の沿革、被告の場合日本専売公社と異なつて国家賠償法二条を準用する旨の規定がなく、また国有鉄道法八条で民法四四条が準用されていることなどからして被告の不法の行為責任については民法によるべきで、国家賠償法の適用はないものというべきである。

6  <省略>

三  抗弁

仮に、被告に賠償義務があるとしても、本件事故は、亡清一郎もしくは原告らの後記過失もその一因をなしているから、損害額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきである。すなわち、

1  鉄道用地内への立入りは鉄道営業法で禁止され、亡清一郎自身も学校当局から再三鉄道用地内へ入らぬよう注意を受け、その危険性を十分認識していたにもかかわらず、柵を無視して同用地内に立ち入つたうえ、赤羽駅方向を注視もしくは電車の走行音に注意を払つていれば、容易に本件電車の接近を発見できたにもかかわらず、これを怠つて本件軌道地点に立入つたために本件事故が発生した。

2  原告らは亡清一郎の監督義務者として、同人が柵内や軌道内に立ち入らないよう十分注意すべき義務があつたにもかかわらず、原告らは、ことさら注意をすることなく放任し、さらに事故当日は休日であつたのであるから、無断外出を禁止し、亡清一郎の行動を十分監視すべきであつたにもかかわらず、これを怠つたため本件事故が発生した。

四  抗弁に対する認否

抗弁に関する主張は否認もしくは争う。国家賠償法二条は、単なる私法上の救済を越えて一層強力な法的救済を図るためにもうけられた規定で、無過失責任として法定化されたものであり、また、本件において、危険の程度がはなはだしいのにもかかわらず、被告は一般的に要求される定型的注意義務を尽しておらず、さらに加害者と被害者側との間に実質的不平等や圧倒的な力の差があることから、危険責任、社会法的責任の法理が適用され、過失相殺は許されないものというべきである。仮に、過失相殺が適用され、亡清一郎及び原告らに何らかの過失があつたとしても、軽微なものであり、過失相殺をする程度のものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告ら主張の日時場所で、亡清一郎が赤羽駅方面から東十条駅方面へ向け進行中の京浜東北線電車に頭部を激突されて頭蓋骨複雑骨折の傷害を負い、昭和四六年九月二五日午前四時二〇分ころ赤羽中央病院で死亡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、亡清一郎は訴外村上勝、同加藤和弘、同小川進一らとともに、バツタを取ろうと別紙図面A―A'地点から本件鉄道用地内に立入り(右地点から立入つたことは当事者間に争いがない。)、同地点から東十条駅方向へ向かつて夢中でバツタを追いかけているうちに別紙図面b付近で折から進行してきた前記電車に衝突されたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

二原告らは、本件事故は別紙図面A―A'地点の公道と鉄道用地との間の柵の有刺鉄線が腐蝕消失していたため、亡清一郎らが鉄道用地内に立ち入つたもので、被告において柵の設置、管理に瑕疵があつた旨主張するので、以下この点について判断する。

1  <証拠>を総合すると、本件事故現場付近の鉄道用地は、南北に延びている土地で、同地内には被告の設置する本件京浜東北線上下専用軌道を含め八本の列車及び電車の軌道が並設され、本件事故当時一日総計一三二八本の列車及び電車が走行していたこと、(右各事実は当事者間に争いがない。)、そして、右用地の東側には幅員5.6メートルの公道が並行していて、右公道の東側には各会社、工場及び民家が立並んでおり、右鉄道用地と公道との境界には、本件事故当時三〇ないし四〇センチメートル間隔で、長さ2.4メートル(地表面上の高さ1.6メートル)の古枕木を建て、その間に五段の有刺鉄線を張つた柵が設けられていたこと、本件京浜東北線の軌道は、右用地の東寄りに造られた勾配約三一度の梯形型の築堤上に敷設されているが、右築堤が赤羽駅方面から東十条駅方向に向かつて一〇〇〇分の二五の下り勾配となつているため(右軌道が築堤上に存在し、右のとおりの勾配を有していることは当事者間に争いがない。)、軌道面の高さは公道面から別紙図面d―d'点で3.215メートル、c―c'点で2.702メートル、a―a'点で0.977メートルあるうえ、築堤が前記柵と多少斜行しているため、柵から築堤の法面下端までの距離が右d―d'点で2.35メートル、c―c'点で2.4メートル、a―a'点で道床部分の一部を含めて2.7メートルであつて、その間が緩やかな斜面ないしは段差のついた平坦面となり、その境い目もしくはその中間に通信、信号ケーブルを収容した幅0.4メートルの管(トラフ)が縦に敷設されているほか一部が畑として耕作され、その余の部分には雑草が生い繁つていたこと、本件において亡清一郎が立入つた地点であることに争いのない別紙図面A―A'の地点は赤羽駅ホーム南端から南方約四〇〇メートルの地点で、右A―A'間にも前記のように有刺鉄線を張つた柵が設けられていたが、同所にはかつて建つていた建物の、地表面からの高さ0.35メートル、幅2.5メートル、奥行2.9メートルのコンクリート基礎が残つているため、同所だけは枕木の間隔を拡げ、右コンクリート基礎の両側、しかも基礎部分の東端から約0.7メートル入つたところに古枕木を建て、その間に有刺鉄線を横五段の外更に斜め十字形に張つてあつたこと、ところが、その後右有刺鉄線が腐蝕したり、また何者かによつて切断されるなどして、本件事故当時右A―A'部分のうち残つていたのはコンクリートの基礎から二〇センチメートルの高さの下から二段目のそれと、斜めに十字形に張られたものだけで、最上段と最下段は全く存在せず、上から二段目のそれは道路側から向つて右側の枕木から三分の一程度が、また上から三段目のそれは同じく左側から三分の一ないし二分の一程度が残つているのみで、その先端は斜めに張られた有刺鉄線に絡みついた状態で、亡清一郎らはことさらに屈んだり、有刺鉄線を押し除けるなどすることなく、容易に右A―A'の地点から本件鉄道用地内に立ち入ることができたことが認められ、他に右認定を覆えす証拠はない。

2  また、<証拠>によると、本件京浜東北線の南行電車の運転士にとつて本件軌道が前記のような築堤上にあり、現場の手前で右にカーブし、前記のように鉄道用地に雑草が生い繁つていることから柵内に人間が立ち入つた場合には発見しにくく、時速六五キロメートルぐらいで走行してきた場合急制動の措置をとつても下り勾配の影響もあつて約一五〇メートル走行しなければ停止できないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

以上認定の各事実を総合して勘案するに、本件鉄道用地は公道に接し、その東側には民家及び会社等が密集しており、列車、電車の走行本数も多く、柵内に空地があり、雑草が生い繁つているほか、付近住民が一部を畑として現に利用していたことなどからして、児童、幼児などが右鉄道用地内に立入ることも予想されないではないから、これを防ぐため柵等を十分整備すべきであり、それにもかかわらず本件A―A'の部分にはコンクリート基礎が柵の外まではみ出し、支柱の間隔も特に広く、しかも児童が容易に立入ることができるまでに有刺鉄線が欠損していたことが明らかであるから、本件柵が本来有しているべき機能を十分に有しておらず、したがつて本件柵の設置及び管理に瑕疵があつたものというべきである。

被告は、立入禁止の物理的措置は人に対して心理的・抑制的機能を有する程度のものであれば足り、本件柵に瑕疵はないと主張するが、立入禁止の物理的措置としての柵がどの程度のものであれば足りるかは、結局列車、電車の走行量、当該場所及び周辺の状況等によつて決せられるべきもので、本件の場合、右の点に関する前記認定事実からして、本件柵が心理的抑制機能を全く有しなかつたとはいいがたいものの、物理的に欠けるところがあり、右の程度をもつてしては、なお柵としての設置、管理に瑕疵があつたものといわざるを得ない。

ところで、被告は日本国有鉄道法により従来国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営していた鉄道事業等を継承し、これを能率的に運営発展させ、もつて公共の福祉を増進することを目的として、従来の国有鉄道事業特別会計の資産額を資本金として創設された独立法人(日本国有鉄道法一条、二条、三条、五条施行法八条)で、運輸大臣の監督を受けるとともに、その業務の管理及び運営は、内閣の任命する総裁と総裁が運輸大臣の認可を受けて任命する副総裁及び理事とで構成する理事会が行い(同法九条、一〇条、一九条)、その予算も国の予算の議決の例に従い(同法三九条の九)、会計についても国の会計検査院が検査することとなつている(同法五〇条)ほか、その事業の用に供するため土地を必要とする場合には土地収用法による土地収用権が与えられ(土地収用法二条、三条)、事業税、固定資産税等の国税、地方税も課せられないこととなつている(地方税法三四八条等)ことなどを併せ考えると、被告は行政法学上の営造物法人として国家賠償法に定める公共団体に当るものというべく、したがつて被告の所有する営造物のうち本来の事業の目的に供用しない物は別としてその余の物については同法二条の適用があり、その設置又は管理に瑕疵があつたときには、同条に基いて被告が責任を負うものというべきである。

被告は、その営む運送事業は私経済作用であるから、国家賠償法の適用はない旨主張する。確かに被告の営む運送事業は私経済作用的な側面をもち、その利用関係は当事者関係(契約関係)的色彩が強く、その面では民法ないし商法の適用を受けるものといい得るが、少くとも本来の事業の目的に供する営造物の関係では国家賠償法二条の適用をけるものと解するのが相当で、日本国有鉄道法の場合、民法四四条の準用規定があり、また日本専売公社法と異なつて国家賠償法二条を準用する旨の規定がないからといつて、右解釈は左右されないものというべきである。

三そこで損害について判断する。

1  医療関係費

亡清一郎は本件事故により前記のような傷害を負い、昭和四六年九月二五日午前四時二〇分ころ赤羽中央病院で死亡したことは前記のとおり当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、原告らはその治療費として同病院に金三万八五一九円を支払い、その二分の一である金一万九二五九円をそれぞれ負担したことが認められる。

2  葬祭費、墓地、墓石代

<証拠>によると、原告らは亡清一郎の葬儀を営み、その費用及び墓地使用料、墓石購入費用等として少くとも金七〇万円以上を支出し、各二分の一ずつ負担したことが認められるが、亡清一郎の年齢、社会的地位等をも考慮すると、葬祭費、墓地、墓石代として本訴において認容すべき額は原告らにつき各金一五万円が相当である。

3  逸失利益

亡清一郎が昭和三九年九月四日生れ(事故当時七歳)の男児で、事故当時小学校一年生であつたことは当事者間に争いがなく、本件事故により死亡しなければ、一八歳から六七歳までの四九年間稼働し、その間毎年昭和五二年度賃金センサス第一巻、第一表、産業計、学歴計の男子の平均賃金収入を挙げ得ることは容易に推認しうるところであり、当裁判所に顕著な同センサスの右金額である金二八一万五三〇〇円を基礎に、生活費として右金額の五割を、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除して、同人の逸失利益の死亡時の現価を求めると、その額が金一四九五万三一八四円となることは計数上明らかである。

4  過失相殺

<証拠>を総合すると、亡清一郎は危険性の高い本件鉄道用地に敢えて立入り、立入つた後も電車の接近に注意を払わず、事故前に、ともに同用地内に立入つた訴外村上勝が本件電車が接近した旨叫んだにもかかわらず、バツタを追うのに夢中になつてこれに気づかず、本件軌道付近に至つたために本件事故が発生したものであること、また亡清一郎の通学していた小学校では本件現場付近が危険であると判断し、全校児童に対し鉄道用地に入らぬよう注意を与えるとともに、家庭にも注意を促し、原告らにおいても現場付近の柵が不完全であることを認識していたにもかかわらず、亡清一郎に具体的な注意を与えていなかつたことが認められ、本件事故は右のような亡清一郎もしくは原告らの右のような過失も原因をなしていることは明らかであり、その過失割合は五割とみるのが相当であり、原告らが被告に対して請求できる金額は前記1のうち各金九六二九円、同2のうち各金七万五〇〇〇円、同3のうち金七四七万六五九二円とみるのが相当である。

なお、原告らは本件において過失相殺をすることは許されない旨主張するが、本件につき国家賠償法二条が適用される以上、同法四条、民法七二二条も当然に適用され、これが適用を否定すべき合理的根拠はないから、原告らの右主張は採用できない。

5  原告らの慰藉料

原告らが亡清一郎の両親であることは当事者間に争いがなく、原告らは同人の死亡により多大な精神的苦痛を受けたことは容易に推認され、本件事故の態様、亡清一郎及び原告らの前記過失を考慮すると、これが慰藉料は各金一二五万円が相当である。

6  相続

原告らが亡清一郎の両親で、その法定相続人であることは当事者間に争いがないから、原告らは亡清一郎の前記3の損害賠償債権のうち前記4の過失相殺後の債権を各二分の一ずつすなわち各金三七三万八二九六円の損害賠償債権を相続により取得したものというべきである。

7  弁護士費用

<証拠>によると、原告らは本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに依頼し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるが、本件事案の性質、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みると、原告らが被告に対して支払を求め得る弁護士費用は各金五〇万円が相当である。

四以上の次第で、原告らの本訴請求は各金五五七万二九二五円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らな昭和五〇年四月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

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